こんにちは、non71です。

突然ですが結婚とは忍耐なのでしょうか。

 

新婚ほやほやの方に聞けば「忍耐なんて何それー。幸せしかないよ?」と返ってきそうですし、結婚30年の夫婦に聞けば「まったくもってその通り。結婚それすなわち忍耐」と力強く言われそうです。でも、おじいちゃんおばあちゃん夫婦に聞くと、また違った答えが色々返ってきそうですね。おもしろい質問です。

 

もちろん答えは人による。これにつきると思います。

周りの結婚した友人、また両親から聞く結婚生活は楽しいこともあれば悲しいこともたくさんあるようです。これは普通に生きていてもあるので、当たり前ですね。

 

先日、母親と会う用事があったので、じゃあどこかでご飯でもと約束して行ってまいりました。

適齢期の娘と母親ならばもちろん話題は結婚のことになります。余談ですが、友人はこの話題が嫌過ぎてとうとう親の携帯番号を着信拒否したそうです。世の母親の皆さまお気を付けください。

 

話は戻して、我が母も人並みの心配はするらしく「誰かいいひといないの」といつも通り尋ねてきました。この話が初めて出たのはなんと20代前半の社会人なりたての頃です。私の母親は結婚が早かったので、娘の私にもと期待したのでしょう。

 

私の返事は「いない」この3文字です。

もっと昔には「誰か良い人のお見合い持ってきて」とか「親戚で誰か紹介してくれる人いないの」などとちょっとは乗り気に話したものです。

しかし、母が持ってくる話はどれも私が気に入らないものばかりです。なにせ20代前半ですから、アプローチが掃いて捨てるほど来たのです。そこに持ってきた母の紹介する男性は、やれ農家の息子だ、土地持ちのおじさんだとくるものですから、若い娘がそんなもの振り返るはずがありません。

 

やがて30手前になった私ですが、そのお見合いですら来なくなりました。

くるのはもっと悪条件な、ここに書けないような男ばかり。なのでもう母の紹介は当てにしていませんでした。

だからといって、他に当てがあるのかというと、そんなものあるのであれば母に話など振っておらず、仕方なく私は苦々しい顔でたった3文字「いない」とつぶやくのでした。

 

母は私に「結婚っていいわよぉー」と構わずにすすめてきます。

ちょっと待っていただきたい。私だって出来るものならしたいのです。むしろ、条件さえ合えば今すぐにでもしたい。それをなぜ、したくない体で話すのか不思議で仕方ありません。

 

総じて母親とは、いや女とはそうなのかもしれませんが、まず人の話を聞いていません。基本的に自分の話に夢中なのです。

そこで私は「どんなところがいいの。お父さんと結婚して幸せなの」と母に尋ねました。

私は母が自慢でもしてくるのかと思ったのですが、ところが意外と私の顔をじっと見ながら黙ってしまいました。

そして「まあ……そうね。いいところ……」と少し考えた後にこんな話を私にしました。

 

父は昔ながらの人でどちらかといえば亭主関白です。母はそれに黙って従っています。

私が生まれる前、まだ新婚だった頃に、母が夕飯にシチューを作りました。母の実家ではシチューをおかずにご飯を食べていたのです。

しかし、父の実家ではそんな習慣はありませんでした。

仕事から帰ってきた父は、食卓にならぶシチューと白いご飯を黙って見つめ、台所に引っ込んだかと思いきや、自分でカップラーメンを作って持ってきたそうです。

 

唖然とする母に父は「こんなもので飯は食えない」と、結局その日、母の作ったシチューは食べられませんでした。

 

母は笑いながらその話を私にしたので、私は呆れてしまいました。

私が母の立場ならば時代錯誤のちゃぶ台をひっくりかえすどころの話ではありません。

それなのに、母は何も気にしていないかのように笑って話すのです。

 

その時私は思いました。結婚は忍耐なのだろうかと。

母だけではありません。今やSNSは世界中に普及していますから、各家庭の事情がよく見えてきます。

 

夫が家事を手伝わない、育児もやらない、飲み歩いてばかりいる。昔からよく言われていることですし、もしかすると許されてきた文化なのかもしれません。しかしもう時は令和、そんな言い訳通じる人の方が少ないのでした。

 

そして現代の女性はたくましい人が多く、割と簡単に離婚してしまったりします。

それがいいのか悪いのか私にも分かりませんが、苦しんでいる女性が少なくなるのは喜ばしいです。

 

耐え忍んできた母の世代の女性たちは今どうしているのでしょうか。今でも耐えているのでしょうか。それとも母と同じようにあっけらかんと、よくあることだからと笑っているのでしょうか。

 

それでも彼女たちが何も感じていないわけではないのは、私にもわかります。

なぜなら母が父の話を私にしたのですから。どういう意図でその話をしたのか、それを考えると改めて結婚とは、幸せとはと考えてしまうのです。

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。