実家からはよく果物が届きます。田舎の方で、かなり寒暖の差が激しく甘くておいしい果物がたくさん採れるのです。
今年はもうメロンがふたつに桃がひと箱きました。しかし、一人暮らしではなかなか消費できないのが現状です。
料理が苦手で、お菓子作りなどもっての外な私なのです。
仕方がないので職場のおばさまにおすそわけすることにしました。
しかしどうして親というのは物を送りたがるのでしょうか。私の親だけでしょうか。
これで私が一人暮らしをしている貧乏な大学生であれば喜んでいたのでしょうが、年齢ももう30手前。
しかも地元でもないので友だちなどいるわけがありません。
会社に行く電車のなかでふと桃の匂いがしたので横を見ると、新社会人であろう男の子でした。
桃。女の子からの香りであれば、香水やハンドクリーム、シャンプー……と思いつきますが、あばたの跡が残るどこか幼い男の子からの匂いにしてはとても可愛らしいものです。
彼ももしかすると、田舎から桃が大量に送られてきたのかもしれません。
狭いワンルームに、放っておかれたスーツ、コンビニの空の弁当箱。そのなかでもひときは目立つものがあります。
ひと箱も送られてきてしまった桃の段ボール。今どき手紙などというものは入っていません。彼のラインには母から「今年もおいしくできました」とメッセージが届いているのです。
おすそわけしようにも、近所には自分と似たような一人暮らしの男、もしくは中年のおっさんしか住んでいません。職場に持っていくのはどこか恥ずかしい。
男の子は仕方なく毎朝、毎晩桃を食べることにしました。
電車の中で、赤ら顔の男の子がりりしい顔つきで前だけを見つめています。
そんな彼の隣に立ちながら、私は色んな空想をしたのでした。
桃の匂いが似合いそうな女の子でなく、社会人なりたての子どもっぽさが抜けない男の子からするというのがとても可愛らしいと思います。
下手をすると、そこらへんの女よりも愛嬌を感じるのです。
職場でも、この時期はおすそわけが多いです。
旅行に行く人もいれば、田舎帰ったという人もいます。そうすると皆お土産を買ってきてくれるので、この時期はとても楽しみです。
ちんすこう、雷おこし、たこ焼き味のお菓子エトセトラエトセトラ。食べ物だけではなく、夢の国のボールペンなども定番ではないでしょうか。
私の桃も例外なくそこに並べられ、おばちゃんたちに持っていかれました。田舎では箱で500円と破格の値段で売っていたりもしますが、こちらではスーパーでふたつ500円だったりするので、とても喜ばれました。
私は雷おこしをもらいました。お米のお菓子が昔から好きなのです。東京にいるのに、東京銘菓を食べられるとはこれいかに。
雷おこしを持ってきてくれたKくんは出身が浅草なのです。実家に帰ったと言って笑うこの青年は、東京に就職している私たちにわざわざ東京銘菓を持ってきてくれる律儀な男です。
その日家に帰って残っていた桃を食べると、まだ早かったのかあまり甘くありませんでした。
どこか損をした気持ちになって、ちぇっと思っているとKくんからラインがきました。
「桃、まだ甘くないので食べないでください」
泣いているクマのスタンプも追加で送られてきました。これを律儀ととるか、嫌味ととるか悩みどころです。
しかし人畜無害の彼の顔を思い出すと、これは親切心でわざわざ送ってきてくれたのだと好意的に受け取りました。
翌朝、出勤するとKくんはまだ来ていませんでした。
ロッカールームで昨日のおばさまたちに「桃がまだ食べごろではない」と教えました。
おばさまたちは、顔を見合わせて「知っている」と私に答えました。
えっ、と思っていると「昨日Kくんからラインがきた」というのです。
彼はなんと全員に忠告ラインを送っていました。なんとも義理固いやつ……。
思い返せば、それはもしかして私がやるべきラインだったのではとつい思ってしまいましたが、なにぶん気が効かない私なのでそんなことは思いつきもしませんでした。
おばちゃんたちの中からお局がわっ!と騒ぎ始めて、私は慌てて謝りました。
取り巻きたちも嫌味を言いたい放題、とんでもない桃を配ってしまったと冷や汗をかきました。
ロッカールームを出て、出社してきたKくんと顔を合せました。
昨日の御礼と謝罪をしたところ、彼は逆に申し訳なさそうに「余計なことをしたかもとあとから思ったんですけれど……」と言ってくれました。
そんなことはないとどうでもいいフォローをして彼とすれ違おうとしたところ、彼からふと桃の匂いがしました。
こいつ、人には食べるなと言っておきながら、今朝も食べたのかいと私はずっこけそうになりましたが、そこはぐっとこらえて黙ってその場を去りました。Kくんはそのあとおばさまたちに捕まっていました。どんな話をしていたのかは知りません。
きっと今朝、KくんはどこかのOLに「こいつ男なのに桃のいい匂いがする……」と嗅がれてきたに違いないでしょう。